人の強制失踪に関する米州条約(抄)
署名 一九九四年六月九日(ベレン)
効力発生
米州諸国機構の加盟国は、
人の強制失踪の存続により乱されており、
米州の連帯と善隣の真の意味は、この半球において民主的制度の枠組み内で本質的な人権の尊重に基づく個人の自由と社会正義とを強化すること以外にはありえないことを再確認し、
人の強制失踪は、半球の良心に対する侮辱であり、人間の固有の尊厳に対する重大で忌まわしい犯罪であり、並びに、米州諸国機構憲章に掲げる諸原則及び目的と矛盾する犯罪であることを考慮し、
人の強制失踪は、米州人権条約、人の権利及び義務に関する米州宣言及び世界人権宣言に掲げる多くの免脱不可能な不可欠の人権を侵害するものであることを考慮し、
人権の国際保護は、国内法が定める保護を再強化し又は補足する条約の形態をとり並びに人間人格の属性に基づくことを想起し、
人の強制失踪の系統的実行は、人道に対する罪を構成することを再確認し、
この条約がこの半球での人の強制失踪を防止し、処罰し及び撤廃するのを助け並びに人権の保護及び法の支配に決定的貢献をすることができることを希望して、
次の人の強制失踪に関する米州条約を採択することを決定した。
第一条 締約国の約束
この条約の締約国は、次のことを約束する。
(a) 緊急事態又は個人保障の停止の事態においても、人の強制失踪を実行し、許可し又は宥恕しないこと。
(b) 人の強制失踪を実行し又は実行を企てた者並びにその共犯者及び幇助者をその管轄の下で処罰すること。
(c) 人の強制失踪を防止し、処罰し及び除去するために相互に協力すること。
(d) この条約で引き受けた約束を遵守するために必要な立法上、行政上、司法上及びその他の措置をとること。
第二条 定義
この条約の適用上、強制失踪とはどのような手段によるかを問わず人から自由を奪う行為であって、かつ、国の機関によって又は国の許可、支援若しくは黙認の下に行動する者若しくは集団によって実行され、その後情報がないか又はその自由の剥奪を認めること若しくは自由を奪われた者の所在に関する情報を与えることが拒否され、そのためにこの者が適用のある法的救済措置及び手続的保障に訴えることを妨げているものをいう。
第三条 強制失踪の犯罪化
締約国は、自国の憲法上の手続に従って、人の強制失踪を犯罪として定義し並びにその極めて重大な性質に対応する適当な刑罰を科すために必要な立法措置をとることを約束する。この犯罪は、被害者の運命又は所在が確認されない限り継続的な又は永続的なものとみなされる。
締約国は、強制失踪を構成する行為に参加した者が被害者が再び生きて現れることに貢献し又は人の強制失踪について明らかにする情報を提供する場合にはその者の罪を軽減する事情を定めることができる。
第四条 管轄権の設定
人の強制失踪を構成する行為は、すべての締約国において犯罪とみなされる。したがって、各締約国は、次の場合においてこの事件についての自国の裁判権を設定するための措置をとる。
(a) 人の強制失踪又はこの犯罪を構成するいずれかの行為が自国の管轄の下で行われる場合
(b) 被告人が自国の国民である場合
(c) 被害者が自国民であってかつ自国が管轄権の設定を適当と認める場合
すべての締約国はまた、容疑者が自国の領域内に所在し、かつ、当該容疑者の引渡しを行わない場合においてこの条約に定める犯罪についての自国の裁判権を設定するため、必要な措置をとる。
この条約は、いずれの締約国に対しても他の締約国の領域内において、管轄権を行使すること又は当該他の国の国内法によりその国の当局の排他的権限の下に置かれている任務を遂行することを許可するものではない。
第五条 犯罪人引渡し
人の強制失踪は、犯罪人引渡しの適用上政治犯罪とはみなされない。
人の強制失踪は、締約国間の現行の犯罪人引渡条約における引渡犯罪とみなされる。
締約国は、相互間で将来締結されるすべての犯罪人引渡条約に強制失踪の罪を引渡犯罪として含めることを約束する。
条約の存在を犯罪人引渡しの条件とする締約国であって、自国との間に犯罪人引渡条約を締結していない他の締約国から犯罪人引渡の請求を受けたものはすべて、この条約を強制失踪の罪に関する犯罪人引渡しのための法的根拠とみなすことができる。
条約の存在を犯罪人引渡しの条件としない締約国は、犯罪人引渡しの請求を受けた国の法令に定める条件に従い、この犯罪を引渡犯罪と認める。
犯罪人引渡しは、請求を受けた国の憲法及びその他の法令に定める規定に従う。
第六条 訴追
締約国は、犯罪人を引き渡さないときは、捜査のため及び適当な場合には刑事裁判のため犯罪が自国の管轄の下で行われたものとして自国の権限のある当局に国内法に従って事件を付託する。この当局が行った決定は、犯罪人引渡しを請求した国に通報する。
第七条 時効
人の強制失踪の刑事訴追又はその実行者に司法機関が科した制裁は、時効の適用を受けない。
ただし、前項に定める規定の適用を妨げる基本的性質の規範がある場合には、時効の期間は当該締約国の国内法において最も重大な犯罪に適用されるものと等しい期間とする。
第八条 上官の命令
強制失踪を規定し、許可し又は奨励する上官の命令又は指示に適正に従ったという抗弁は、認められない。このような命令を受けたすべての者は、その命令に従わない権利及び義務を有する。
締約国は、公の法執行官の訓練が人の強制失踪の罪に関する必要な教育を含むことを確保する。
第九条 強制失踪を裁く裁判所
人の強制失踪の罪を構成する行為につき責任を問われている者は、各国の普通法に基づく権限のある裁判権によってのみ裁判することができ、他のすべての特別の裁判権特に軍事裁判権を排除する。
強制失踪を構成する行為は、軍事上の任務の遂行過程で犯されたものとはみなされない。
外交関係に関するウィーン条約に定める規定を害することなく、この裁判では特権、免除又は特別の法の適用免除は認められない。
第一〇条 公の緊急事態等
戦争状態、戦争の脅威、国内政治の不安定又はその他の公の緊急事態などの例外的事情は、いかなる場合にも、人の強制失踪を正当化するために援用することができない。このような場合には、迅速かつ効果的な司法手続及び救済についての権利は自由を奪われた者の所在若しくは健康状態を決定し又はこの自由の剥奪を命令し若しくは実行した公務員を特定するために維持される。
権限のある司法当局は、この手続又は救済を実施し並びに適用のある国内法に従うために、あらゆる拘禁施設及びその各構成部分並びに強制失踪させられた者が見つかるかもしれないと信ずる理由のあるあらゆる場所(軍事管轄権の下にある場所を含む。)に自由かつ即時にアクセスするものとする。
第一一条 拘禁に対する保障
自由を奪われたすべての者は、適用のある国内法に従って、公に認められた拘禁場所で身柄を確保され並びに遅滞なく権限のある司法当局の前に連行される。
第一二条 児童に対する援助
締約国は、両親又は後見人の強制失踪の結果他の国に移され又はその国で拘禁された未成年者の捜索、特定、所在及び帰還について相互に援助を行う。
第一三条 請願等の処理手続
この条約の適用上、人の強制失踪に関する米州人権委員会に対する請願又は通報の処理は、予防措置に関する規定を含めて、米州人権条約、米州人権委員会の規定及び規則並びに米州人権裁判所の規定及び規則に従う。
第一四条 請願等の関係国への通知
前条の規定を害することなく、米州人権委員会が強制失踪に関する請願又は通報を受領したときは、委員会の執行事務局は、緊急かつ非公開でそれぞれの国に通知し並びに強制失踪させられたと主張されている者の所在に関する情報を適当と考えるその他の情報とともにできる限り速やかに提供するように当該政府に要請するものとするが、この要請は、請願の受理可能性について予断するものではない。
第一五条 他の条約との関係
この条約の規定は、締約国が署名した他の二国間若しくは多数国間の条約又はその他の協定を制限するものと解してはならない。
この条約は、軍隊の傷者、病者及び難船者並びに補償及び戦時における文民の保護に関する一九四九年のジュネーヴ条約及びその議定書により規律されている国際武力紛争には適用されない。
第一六条 署名 (略)
第一七条 批准 (略)
第十八条 加入 (略)
第一九条 留保
締約国は、この条約の署名、批准又は加入のときに、この条約に対して留保を付すことができるが、ただし、この留保は条約の趣旨及び目的と両立しないものであってはならず並びに一以上の特定の規定に関するものでなければならない。
第二〇条 効力発生 (略)
第二一条 廃棄 (略)
第二二条 正文 (略)
出典 東信堂 「国際人権条約・宣言集 第三版」より抜粋・編集